レンズの絞りの大きさは「f値」と呼ばれる指標で表される。これの定義は簡単だし、みんな「有名なf値」は知っていると思う。でもそれらはどこから出てきたのか?また多くのカメラ・レンズで似たようなf値の並び(刻み)になっているのはなぜなのか?それについて自分の理解していることを書いてみる。
はじめに
まずレンズの「絞り」について。絞りは、大半の写真用レンズにある「レンズに入ってくる光の量を調整」する機構。人間の瞳でいうところの虹彩にあたり、粗雑に言えばレンズを前からのぞき込んだときに見える穴の大きさを調整する仕組み。この絞りの大きさを表すときに、f値 (f-value) という特別な単位を使う。f値の定義は「レンズの焦点距離 ÷ 絞りの直径」(絞りの直径 ≤ レンズの口径)なので、レンズの焦点距離と絞りの直径が同じであればf値は1.0になる。ちなみに人間の瞳でf値を計算すると1.0になるらしく、写真レンズの世界では「f値を1.0にできるレンズ」は一種の「きわめて明るいレンズの象徴」となっている。
さて、写真を撮る人が「絞りの大きさを変える」のはどんなときだろう。まずは写真を明るくしたい、または暗くしたい場面が最初に挙げられると思う。すると、絞りの変更量と写真の明るさの変化量が(感覚的に)比例しているとうれしい。人間は光の量が半分になるごとに一段階ずつ暗くなったと感じるので、「絞りを一段階小さくすると入光量は半分になる」と使いやすいだろう。よく言う「絞りを1段小さくして…」などの表現で使われる「1段」は、まさに「入光量が半分になる」だけ小さくする、という意味。そしてこの「何段」という単位は英語圏では “Exposure Value”、略して “EV” と呼ばれている。
有名なf値の並びは、どうやら「人間の瞳と同じ入光量(f/1.0)、その半分の入光量、その半分の入光量、…」と並べていったもののようだ。
計算
ここからは計算。数式などに興味の無い人はツマラナイ内容なので読み飛ばすこと推奨。
ある量の光をレンズに取り入れられる絞りの面積をAnとし、その半分の光量を取り入れられる絞りの面積をAn-1とする。また絞りの面積がAnであるときの絞りの直径をdn、f値をNnとしよう。なお入光量に無関係なレンズの焦点距離は常にfとしておく。すると、絞りの面積の数列(An)の各項に対応するf値の並び(Nn)を求めて、その刻みで絞りを調整できるようにすれば、写真を撮る人にとって直感的に光量を調整しやすくなる。まあ、求めてみよう。
まず、絞りの面積がAnとなるときの絞りの直径dnは次のように求められる:
\[\begin{array}{rcl}A_n & = & \pi(\frac{d_n}{2})^2 \\
d_n & = & 2\sqrt{\frac{A_n}{\pi}}
\end{array}\]
また、絞りの面積がAnとなるときのf値Nnは次のようになる:
\[N_n = \frac{f}{d_n}\]ここで、絞りの面積については次の漸化式が成り立つ(はず):
\[A_{n+1} = 2A_n\]これを元に絞りの漸化式を以下のように求めることができる:
\[\begin{array}{rcl}d_{n+1} & = & 2\sqrt{\frac{A_{n+1}}{\pi}}\\
& = & 2\sqrt{\frac{2A_n}{\pi}}\\
& = & \sqrt{2}\cdot 2\sqrt{\frac{A_n}{\pi}}\\
& = & \sqrt{2}\cdot d_n
\end{array}\]
そして、f値の漸化式は次のように求められる:
\[\begin{array}{rcl}N_{n+1} & = & \frac{f}{d_{n+1}} \\
& = & \frac{f}{\sqrt{2}\cdot d_n} \\
& = & \frac{1}{\sqrt{2}}\cdot\frac{f}{d_n} \\
& = & \frac{1}{\sqrt{2}}\cdot N_n \\
\end{array}\]
ちなみに、この式についてはnを減らす形の漸化式にした方が読みやすい。
\[N_{n-1} = \sqrt{2}\cdot N_n\]さて、この数列(Nn)は最初に書いた通り「ある量の光」を基準にした相対的な刻みなので、基準を決めないと具体的な数値にならない。そこで、人間の瞳のf値であるf/1.0を基準としてみる。計算を簡単にするためn=0のときがf/1.0とする、つまりN0=1.0とすると、絞り値Nnは次の式で求められる:
\[N_n = (\frac{1}{\sqrt{2}})^n\]結果
値を展開してみよう。1/2 EV刻み、つまりnを0.5ずつ変化させながら展開すると、次の表のようになる。
n | fn | f値(近似値) |
---|---|---|
2.0 | 0.50000000000000 | 0.5 |
1.5 | 0.59460355750136 | 0.6 |
1.0 | 0.70710678118655 | 0.7 |
0.5 | 0.84089641525372 | 0.8 |
0 | 1.00000000000000 | 1.0 |
-0.5 | 1.18920711500272 | 1.2 |
-1.0 | 1.41421356237306 | 1.4 |
-1.5 | 1.68179283050743 | 1.7 |
-2.0 | 2.00000000000000 | 2.0 |
-2.5 | 2.37841423000544 | 2.4 |
-3.0 | 2.82842712474619 | 2.8 |
-3.5 | 3.36358566101486 | 3.4 |
-4.0 | 4.00000000000000 | 4.0 |
-4.5 | 4.75682846001089 | 4.8 |
-5.0 | 5.65685424949238 | 5.6 (*) |
-5.5 | 6.72717132202972 | 6.7 |
-6.0 | 8.00000000000000 | 8.0 |
-6.5 | 9.51365692002177 | 9.5 |
-7.0 | 11.3137084989847 | 11 |
-7.5 | 13.4543426440594 | 13 |
-8.0 | 16.0000000000000 | 16 |
-8.5 | 19.0273138400435 | 19 |
-9.0 | 22.6274169979695 | 22 (*) |
-9.5 | 26.9086852881189 | 27 |
-10.0 | 32.0000000000000 | 32 |
-10.5 | 38.0546276800871 | 38 |
-11.0 | 45.2548339959391 | 45 |
-11.5 | 53.8173705762378 | 54 |
-12.0 | 64.0000000000000 | 64 |
1/3 EV刻み、つまりnを1/3ずつ変化させながら展開すると、次の表のようになる。
n | fn | f値(近似値) |
---|---|---|
6/3 | 0.50000000000000 | 0.5 |
3/3 | 0.70710678118655 | 0.7 |
2/3 | 0.79370052598410 | 0.8 |
1/3 | 0.89089871814034 | 0.9 |
0/3 | 1.00000000000000 | 1.0 |
-1/3 | 1.12246204830937 | 1.1 |
-2/3 | 1.25992104989487 | 1.3 |
-3/3 | 1.41421356237306 | 1.4 |
-4/3 | 1.58740105196820 | 1.6 |
-5/3 | 1.78179743628068 | 1.8 |
-6/3 | 2.00000000000000 | 2.0 |
-7/3 | 2.24492409661875 | 2.2 |
-8/3 | 2.51984209978975 | 2.5 |
-9/3 | 2.82842712474619 | 2.8 |
-10/3 | 3.17480210393640 | 3.2 |
-11/3 | 3.56359487256136 | 3.6 |
-12/3 | 4.00000000000000 | 4.0 |
-13/3 | 4.48984819323749 | 4.5 |
-14/3 | 5.03968419957949 | 5.0 |
-15/3 | 5.65685424949238 | 5.6 (*) |
-16/3 | 6.34960420787280 | 6.3 |
-17/3 | 7.12718974512272 | 7.1 |
-18/3 | 8.00000000000000 | 8.0 |
-19/3 | 8.97969638647499 | 9.0 |
-20/3 | 10.0793683991590 | 10 |
-21/3 | 11.3137084989847 | 11 |
-22/3 | 12.6992084157456 | 13 |
-23/3 | 14.2543794902454 | 14 |
-24/3 | 16.0000000000000 | 16 |
-25/3 | 17.9593927729500 | 18 |
-26/3 | 20.1587367983180 | 20 |
-27/3 | 22.6274169979695 | 22 (*) |
-28/3 | 25.3984168314912 | 25 |
-29/3 | 28.5087589804909 | 29 |
-30/3 | 32.0000000000000 | 32 |
-31/3 | 35.9187855459000 | 36 |
-32/3 | 40.3174735966360 | 40 |
-33/3 | 45.2548339959391 | 45 |
-34/3 | 50.7968336629824 | 51 |
-35/3 | 57.0175179609817 | 57 |
-36/3 | 64.0000000000000 | 64 |
(*) f/5.6およびf/22については計算結果としては5.7と23が正しいような気がするのだが、一般的に使われる数値をここでは掲載している
最後に
自分自身、「キリの良いf値」は何となく覚えているだけだった。しかし、1/2 EV刻みのレンズと1/3 EV刻みのレンズがあったとき、それらで共通する絞り値は1 EV刻みの値だけ。さほどシビアに考えることでもないかもしれないけれど、自分的「標準」の絞り値を体で覚えようとするならば、1 EV刻みのf値にしておいた方がつぶしがきく、と言うことはできると思う。昔の自分は「パンフォーカスならf/9」としていたけれど、1/2 EV刻みのレンズを入手してから、f/8に変えた。
まあ、気になる人や、こだわってみたい人の参考になれば幸い。